第62章



「…かぎかぎ…」


武史がポケットの中を探っている。
陽子は困惑しながら車の横に立っていた。当然予想はしていた。例の白いワゴン車だった。


「さ、乗って…」


武史は車に乗り込むと反対側の扉を開け中へ誘った。恐る恐る中へ入っていった。ばたんとドアを閉めると陽子は反射的にその手を引っ込めた。


(…!…)


手すりに忌まわしいあのロープが結び付けられたままだった。そこへガバッと武史が覆い被さってきた。


(…!!!…)


身体が固まった。しかし武史は陽子のシートベルトを取りに来ただけだった。カチャリとそれを取り付けると車は発進した。


町にはすがすがしい青空が広がっていた。
朝のラッシュも過ぎて通りには人もまばらになっている。
そばの公園にはなにをしてるのだろうか学生服を着た男子が数人、ベンチで暇をもてあそんでいた。

「今度、公園でも散歩しようよ。」

「…」

(つきあってるわけじゃないわ…)

口にだしてそう言いたかったが言葉にならない。大通りに出て車は広い道路で信号待ちになった。ウィンカーの音だけが沈黙の車内に響いている。


「…面接がんばれよ…」

「…」

思わぬ言葉に心が揺らいだ。上っ面の言葉でしかないかもしれないのはわかっている。しかし励ましの言葉がここで出てくるとは思わなかった。

「…あ…ありが…と…」


信号が変わると車は大通りから狭い道に入った。

(!!…)

なぜここを曲がる。そういえばどこに行くのかも知らされていない。大通りを直進するのが自然だ。しかしあえて車はこんなところを曲がった。そして確かに陽子が家へ帰るにはここで曲がるのだ。

(…あ…)

迷うことなく車が陽子の家へ向かっていることを陽子は理解した。

(…なんで…なんで…)

静かに横を向くと武史は依然ゆったりと片手でハンドルをもてあそびながら運転している。

「…こ…ここで…いい…おろして…」

「なんでぇ?…家まで送ってあげるよ…」

「…で…でも…」

「やだなあ、なにを遠慮してるの…」

陽子はまた前を向いた。やはり知っているのだ。

(…でもどこで…)

はっと気づいた。財布を見られたのだ。中にはクレジットやらレンタルビデオ屋の会員証など様々なカードが入っている。そして会社の社員証もその中にあるのだ。

(…みられた!…ぜんぶ…本名も…住所も!!!…)

体が恐怖にこわばった。車はまっすぐ目的地に向かってスルスルと進んでいった。

「あのアパートなら知ってるよ、看板おっきいもんね。でも少し古いだろ。人そんなに入ってるの?」

陽子のアパートは入り組んだ場所でなく旧道沿いの離れた場所にぽつんとあった。なるほどよく通る人ならば覚えているのも納得できる。たしかに少々古いアパートだったが、それほどでもない。もっと町寄りに新しい賃貸が増えて住人が移っていっただけのことだ。装備にも文句なくむしろ新しい部屋も同然でしかも安かった。またたしかに空き部屋のほうが多かった。単身赴任や水商売の一人暮らしばかりでみんな部屋にいるときが少ない。しかし畑に囲まれた静かな場所が陽子は気に入っていた。

やはり駐車場に陽子のものを含めても車は少なかった。仕切り線を無視して白いワゴンはその広い場所に滑り込んだ。

「着いたよ…」

このままあがりこまれては大変だ。陽子は急いでドアを開けようとした。

「まってまって、ドアロック…」

バカッとドアが開いた。

「陽子!」

片足を地に付けたとき武史が後ろで呼び止めた。ビクンと身体が硬直する。


「…いつでも呼んで…いくらでも抱きしめてあげる…飲ませてあげるよ…」


恨めしさに振り返りそうになった。しかし忌々しいこの場所から逃げ出すのが先決だった。男を後ろにしたまま陽子はドアを閉め、建物に向かった。他所の目もあるので走るわけにもいかない。
ホテルを出るときもそうだったがうまく歩けなかった。股間に何か挟まった感じがしてどうしても両足がいくらか外側に開いてしまう。

よろよろと足を進めていると後方でエンジンがうなりを上げ、車は走り去った。


(…終わった…)


とりあえずでも良かった。昨夜からの地獄から開放された安堵感に陽子は浸った。目をつぶって溜息をついた。


(…はあぁぁ……ぁ…)


…ぷくっ…じゅぷぷっ…


ツツーと内腿をしずくが伝い落ちていく。緊張がほぐれた股間から溜め込んでいた液が垂れたのだ。


「…ぁっ…ぁっ…」


思うようにとめられなかった。立ち止まって下を見ると、白い色の粘液が足を伝い、靴下にあっという間に届き浸みこんでいくのが見えた。
深呼吸をしようとしても息が深々と吸えない。例の匂いが頭部の中心に刻み付けられている。


(…だめ…だめ…)


…カンカンカン…


(…はっ…)


アパートの住人が一人こちらへ向かってきた。2階の離れた部屋に住んでいる、おそらく水商売の女性だった。もちろん顔ぐらいは見知っており、出会えば挨拶ぐらいはする。少し陽子よりも年上そうな彼女は手にバッグを携え、どこかに出かける様子に見えた。普段、朝に見かけることは少ないのに、今日に限って前日休みでもあったのだろうか、いつもの厚化粧でないすがすがしい顔でこちらへ近づいてきた。


(…だ…だめ…わたし…)


「あら、おはようございます。いま帰ってきたの?」


(…いや…)


昨夜から陽子はシャワーさえ浴びてない。屋外にいるとはいえ、いまこの自分の周囲には異様な空気が漂ってるはずだ。


「…あ…おはようございます…いえ、ちょっと出かけてきて…」


必死ですがすがしい笑い顔を作ろうとした。とりあえずしゃんと背を伸ばして立った。


(…こないで…いまわたし…いやらしい匂いで…)


顔も身体も精液まみれにされて帰ってきたのだ。鼻腔奥深くと同じ匂いをそこら中に撒き散らしているように思えた。そのエリアに彼女は入ってこようとしている。客商売をしているためか、同性には特にであろう、普段からあまり他人と物理的には一線を画さない接し方をする人だ。このままだとすぐ脇をすれ違っていくラインを歩いていた。

速く歩けば距離をおいて別方向にすれ違うこともできただろうが、足がすくんで立ち止まっていた。足を動かしたが最後、液が粘ついて股の間に糸を引きそうな感じがしたためである。彼女はつかつかと陽子の後方にある車目指して歩み寄ってきた。


「あはん、そんなこと言ってぇ、朝帰りじゃないのぉ?。」


年下を冷やかすようにからかいながら人差し指で陽子を撃つまねをした。5mと離れてない。


…とぷぅ…


(…あっ…いやっ…)


新しい雫が吐き出された。腿の内側をぬめぬめと滑り落ちていく。
パニックの反動で満面の笑みを浮かべた。


「あははは、まさかぁ…」


おかしさをこらえる演技として手のひらで口を覆った。これでいくらか表情は隠しとおせる。しかしそのせいで鼻腔に別種の匂いが覆ってきた。


(…ふあっ!…)


汗の匂いよりも強烈なものだった。昨晩この右手は、射精させようと懸命に男のペニスを這いまわった。精液とは違うネバネバした粘液を一生懸命に絡め取った手だ。乾いたために表面が少し硬くなっていた。


(…あの匂いだ…あの…チン…ああっ!…)


…どぷっ…


ビクンと身体が震えた。明らかに液は漏れ出たものではなかった。奥底からの排出に押し出されたものだった。

駐車場にぽつんと立ち尽くしている陽子をちらといぶかしげに見て、女が前を横切った。


「…スン…?…」


エレベーターが落ちるときのような感覚が身体を貫いた。
確かに通り過ぎるときに彼女は…確かに鼻を鳴らした。


「…あは…は…」


(…いやああーーーーっ!…)


目だけが絶叫していた。


…どぷっ…


つつーっとまた液が足を伝い降りた。

すぐに後方でドアの締まる音がしてエンジンがかかると車は路上へ去っていった。


(…み…見られた?…気づか…れた…わたしが…昨夜…わたしの…)


人がいないうちに戻らなければならなかった。歩こうと足を出すと陽子の耳だけにぬちょっと音が聞こえた。いまはちょっと離れたところからもわかる。両足の内側が腿から足の先まで濡れて光っていた。

股間から溜め込んだ精液を漏らしながらよろよろとわずかにガニ股のまま不恰好に陽子は部屋のドアに向かった。





目次へ     続く

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