第61章
「…いい夜だったよ陽子…」
武史は体重を掛けないように陽子のおなかの上に尻をついて座ったまま言った。
「……」
朝だというのに陽子は呆然としていた。寝起きはいいほうだ。頭はこのとおりはっきりしている。すがすがしいほどの意識の中でいま行われた、自分がおこなった行動に信じられない気持ちのほうが強かった。
「…一晩一緒にいてくれたおかげで僕、とっても気持ちよかったよ…ヨウコも満足したよね…なにせ失神するほどイキまくってたもんね…」
「…う…ううう…」
武史の向こうで広がったままになっている膝を閉じ合わせた。中から溢れ出した粘液で根元がヌルヌルになっていた。
「…さ、出ようか…」
武史はベッドから降りた。バッグに近づきまた何かごそごそやっている。部屋に備え付けのコップを取り、洗面台で水を注ぐ音が聞こえた。陽子はよろよろと起き上がった。
「…さ、陽子…これを飲んで…」
ベッドに戻った武史はコップを手渡し陽子の肩に手を回した。開いたこぶしの中に赤と白の小さく光る錠剤があった。
「…」
疑わしい目で陽子は武史を見つめた。
「…ピルだよ…もう間に合わないかもしれないけど…」
武史の意外な反応に陽子は驚いた。しかし、目からは疑いの影が消えない。
「…」
「ははっ…だーいじょうぶ。本物だよ。ネットからは何でも手に入るからね。違法の危ない薬でもないから。」
「…」
「…それともこのままでいい?…僕の赤ちゃん生んでくれる?…」
「…や…いや…」
いま自分は大変な状況下にいるのだと改めて思い知った。このままでは陽子は子供を宿す怖れがある。危険日ではないはずだったがそれも確実なものではない。武史の言うとおりもう手遅れかもしれないが、トラブルには手段を講じておく必要があった。
背筋が寒くなるのを覚えながら陽子は武史の手のひらに口を開けた。武史はつまんだ錠剤を口に丁寧に入れてやった。陽子はコップの水を口にし、その後を追わせた。
…ごくん…
(…なにもなかったことにして…おねがい…)
水の冷たさが喉を心地よく通り過ぎていく。陽子は念じながら薬が体内に入っていくのを感じた。
「…2錠で一組なんだってさ、渡しておくよ…知ってると思うけど毎日飲み続けなければならない薬だからね…わすれないで…」
のろのろと陽子は衣服を身に着けた。武史はもう着替え終わっている。
シャワーを浴びる余裕などなかった。もし浴びれば武史は共にバスルームに入ってくるだろう。またなにをしだすかわからない。
やっと開放されるのだ。ここを出るのが最優先だった。
2種類の薬のシートを何枚か受け取ると小さいスカートのポケットにしまった。
部屋の出口でドアノブに手を掛けると陽子の動きがはたと止まった。もう外は明るい。
「…わかってるよ送るから…ちょっと待ってて…支払いしないとドア開かないんだここ。」
自動支払機にお札を入れながら武史は陽気に言った。