第30章
トイレの中が眩しく思えた。とてもきれいなトイレだった。新しいことと人が初めから少ないこともありトイレ特有の異臭はまったくなかった。清掃がとても行き届いてる証拠だろう。
中には誰もいなかった。一番奥の個室へそうっと近づいて中を見た。
もしかしたら武史が待ち伏せているかもと思った。しかし中はがらんどうだった。
陽子はほっと息をつくと中へ入り鍵をかけた。バッグを水槽の上に置きひざに手をついてしばらくそのままでいた。
「はあ…はあ…はあ…」
誰もいない空間に陽子の息だけが響いていた。
(…わたし…歩いてきただけなのに…わたし…)
スカートもまくらずにきれいな洋式トイレに座りトイレットペーパーをガラガラと引き抜いた。ティッシュを取り出してる余裕がなかった。ザラザラした紙を内腿へ這わせて雫を拭き取った。
(あああ…)
スカートで見えない奥から紙を取り出すと濡れて色が一部分白から透明へ変わっているのがわかった。スカートの奥まで手を伸ばしたが直接液を吐き出してる箇所をさわるのが怖かった。ぎりぎり回りの部分までをきれいにした。ペーパーを便器に投げ捨てすぐさま水を流した。
携帯を取り出すともう7時5分だった。気を何とか落ち着けると184の後に武史の番号をダイヤルした。
「…遅かったね。遅刻だよヨウコ…」
「…あの…急いだんだけど…」
誰もいないトイレにヨウコの囁き声だけが響いた。
「言われたとおりしてきた?…」
「…」
「昨日と同じスカートで…ノーブラノーパンで…」
「…」
「…」
「…は…い…」
「…感じた?…」
「……」
「…感じてる?…もう濡らしてるんだろ?…」
「…そ…そんなわけ…」
「…わかるよヨウコ…大勢に見られて…感じながら…マン汁ひざまで垂らしながら歩いてきたんだろ?…」
見透かしたように声の主は囁いた。
「…」
「…ヨウコ…水槽のふたを持ち上げて…」
立ち上がって陽子は振り向き便器のふたをしめバッグをその上に置き水槽のふたを右手でひらいた。甘く囁きかける声に言われたとおり体が動いていた。
「ふたの裏側を見てごらん…」
セロテープで小さな練りチューブが貼り付けられていた。
「はがして…」
チューブを剥ぎ取った。なにも書かれていなかった。
「そのまま床にひざをついて…」
便器のふたの上にチューブを置くとそれをテーブルに陽子はひざをついた。
「中を出して…」
言われるとおりにするしかなかった。電話を首と肩だけで支え右手人差し指に少し細かな黒い粒粒の混じった透明がかったジェルを出した。
「その手をシャツの中に入れて…」
陽子はシャツの下から中に手を入れた。
「乳首に塗るんだ…大丈夫…麻薬なんかじゃないから…」
陽子はためらった。少し我にかえった。
(なにかわからないものを…できない…わかるもんか…塗ったふりをしよう…)
陽子はシャツの下で親指にジェルを塗りつけながら言った。
「塗ったわ…」
「…ヨウコ…ヨウコが言ってくれたとおり僕は今夜一晩一緒にいさせてもらうよ…会ったときそれを塗ってくれたかどうか確かめさせてもらう…もしいうとおりにしてくれてなかったら僕はその場でカメラだけもらってまっすぐ帰ることにするよ…」
(ああ…いうとおりにするしかない…)
「わ…わかったわ…塗るわ…」
陽子は左乳首に薬のついた指でそっと触った。
「アゥッ…」
乳首は敏感になっていた。自然に声が出てしまった。
「…そう…その声が聞きたかったんだ…ヨウコ…」
「…アァッ…」
「転がすように塗りこんで…」
薬のせいではなかった。そんなに即効性のある薬ではなかった。指は自然と動いていた。
「もう片方にもだ…」
「…アアァッ…」
「固くなってるんだろう?…よく塗りこむんだ…」
「ウウウッ…」
陽子のひざがひとりでにズッズズッと開いていく。陽子は便器ふたに左ひじをついて顔を下に向け携帯を耳にあてながら考え込むような体勢になっていた。
「手を出して…」
火照っていた。身体が浮くような感覚に襲われていた。
「チューブの中身を全部出すんだ…中指の先に全部…」
顔を上げ言われたとおりにした。中指の先にこんもりと薬が光った。
「スカートだ…」
「うああ…」
「スカートの中だ…」
「それだけは…」
「大丈夫…手を差し入れるだけ…」
「ああ…」
右手が動いていった。差し入れるだけのはずがない。だが陽子の右手は引き寄せられるように吸い寄せられていった。スカートをくぐると右手はその方向に向かってゆっくりと突き進んでいった。うずくまってスカートに下から手を差し込んでいるみっともない姿だった。
「思い出してごらんヨウコ…ゆうべヨウコは股を吊り下げられて僕の指を受け入れたんだ…」
「ああっ…」
「よくみてただろ…中指だけを内側に曲げるんだ…ほら、親指のないキツネさんのかたちだよ…」
右手がその型になった。さかさになった手のひらから中指だけが陽子の中心を狙っていた。
「指先がオマンコの入り口に触れたとき気持ちよかっただろ?…」
「あああ…」
手のひらはゆっくりと近づいてゆく。
「同じことだよヨウコ…触れるだけでいいんだ…チョンッと…」
「アアッ!…」
指が入り口に触れた。ヒンヤリと薬の感触を感じた。
「そのまま指は中に沈んでいったんだ…」
「アアアッ…アアッ…」
指が自然と中にもぐりこんでいった。入り口の蠢きは昨夜ほどではなかったがおいしそうに指を受け入れていった。誰もいない空間に陽子の小さな喘ぎ声が響いていた。
「アアッ…イッ…イイッ…」
「指を動かすなヨウコ」
突然男の声が大きくなった。高圧的な響きに変わった。
「あ…?」
「指を動かさずにそのまま奥まで入れろ」
その突然の変わりように入り口の収縮は止まった。指の震えも止まったが、しかし頭に響いた命令にその義務を果たすがごとく指は一気に根元まで収まった。
「そのまま指を抜け…」
指を抜くと自分のしている無様な格好に気づいて陽子は慌てて身づくろいを正した。電話の声はまたやさしい調子に戻った。
「手をよく拭いてヨウコ…出るときにはしっかり洗うんだよ…」
「…」
「ヨウコ…びっくりしたかい?…ごめんよ…」
「…い…いえ…」
「遅れてきた罰だヨウコ…僕の忘れ物をとってきて欲しいんだ。そのビルの展望台にある。大事なものなんだ…茶色い紙袋だ…行けばすぐわかると思うよ…今度は9時半までだ。今度は遅れないでね…また電話して…」
そこで通話は切れた。ふぅと陽子は息をついた。手元の携帯を見るとすでに9時18分だった。
(…時間がない…)
陽子はチューブをバッグにしまうとそのまま抱えて外に出た。手を洗いながら見上げると鏡に熱病にうかされたような火照った顔が映った。