第164章


(…やった…やったやった…やったやったやったぁ…)


あらためて陽子は勝利の酒をあおった。


(十年早いってんだよ十年っ、きゃははははっ)


眠ってはいないらしい。ただ相当な酩酊状態でこちら方向に上を向いている。喘ぐ様子でもないから吐く心配はなさそうだ。


「きしししっ」


下品な笑いが隠せない。嬉しくて楽しくてしょうがなかった。
ひょんなことではあったが、とうとうこの男に勝つことができたのだ。いま優位に立ってるのは明らかに自分のほうである。陽子はベッドに腰掛けた。見下ろすとさらに爽快さが増した。


「うり…うりうり…」


足で横になった男の腰をつつき、踏みつけ揺すった。


「んあーんん…やめろよぉ…」


男はむずがったが起き上がることもできなかった。


「酔っちゃったのぉ?だらしないねぇ。せっかく酔わそうと思って来たのにこれじゃ逆じゃない、うりうり。」


「もおぉぉぉ…」


手で足を掴もうとしてるが、ふにゃふにゃと空を踊るばかりだ。完全にこちらの勝利だ。


「今日は残念でしたねー。そんな状態じゃなにもできないよねー。」


「…そんらつもりやないろにぃ…」


「へへー」


なんという爽快感。いままでの鬱屈が消し飛んでいくようだった。初めて男の目論見をつぶすことができたわけだ。もうなにも心配することはない。


「へへぇ、ほらぁ、へへぇ」


こんなに酒がうまいと思ったのは生まれて初めてかもしれない。最高の"つまみ"を足でつつきながら陽子は美酒を楽しんだ。もう面白い番組はなさそうだ。リモコンを取って陽子はテレビを消した。


「…」


あまり動かすとまた吐いてしまうかもしれない。陽子は転がすのを止めてしばらく両足を男の腰に乗せていた。


「…」


黙ると実際他に音はないので辺りが静かなのを感じる。聞こえるのは二人の発する呼吸音だけとなった。喧騒の終わった祭りの後という感じである。陽子も落ち着いてきた。横を向いている男は、定まらぬ視線を投げ出しうつろにまばたきをしている。眠そうな感じにも見えた。


(…起きてはいるね…)


陽子は男を見ながら考えた。酒に慣れてないとこの自家製は辛い。実際初めてでいきなりここまで飲むと後のことは覚えてないのが大半だ。いまこの男がその状態である可能性は高い。
陽子は立ち上がった。男の顔の横に正座してその目を見つめた。

聞いてみたいことがあるのだ。いまこそがそのチャンスである。

意識を戻させないままの尋問だ。巧みに質問に集中させる必要がある。陽子は身を屈めて近づき、男の顔を自分のすぐ目の前に上向かせた。自分の頭による影が男の顔を天井の光から遮断する。腕で囲うと二人の息が混ざり、相当自分も飲んだんだなと酒臭かった。酔いのせいか嫌悪感を全く感じなかった。


「…わかる?…わたし…」


沼から浮かび上がるように男の焦点が動いた。陽子の顔を認めたようで表情で頷く。それを見て男が夢の中にいるのを確信した。


「…あなたが撮った…わたしのいろいろの写真…あれ、本当にその…どうかするつもりなの?…」







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