第74章


(…冗談じゃない…こんなの…)


散歩になんか出るのではなかった。こんな身体になっていることを知っていたなら人の多い場所へなど絶対に行かなかったのだ。
陽子は思った。この身体は一体どうなってしまったのだろう。自分の身体が淫乱などとは断じて認められない。何かの病気だ。生理後かどうかはわからないが、体調不全で一時的にどうかなってしまっているのだ。他はなんともないのだ。いや、ひとつ便秘していることぐらいだが、それが原因であんなことになる症状なんてきいたこともない。でもしかし、自分が知らないだけなのだろうか。他のみんながしゃべらないだけで、誰でも経験あるのかもしれない。

思い当たることがあった。あのピルだ。なんで二つあるのか。そういう組み合わせだというのは本当なのだろうか。どっちかが別の何かではないのか。いや、そもそも一つでもあれは本当に避妊薬なのか。


(…くすり…だ…)


とは言っても飲まないわけにはいかない。この度は幸運にも生理がやってきたが、もし次があれば今度こそは妊娠してしまうかもしれない。排卵日を計算する事など無意味だ、と友達の一人が泣きながら言っていたことがある。結局子供を生まなかった事を見れば彼女は中絶したのだろう。そのときは親身になっていた陽子も、自分には降りかからない無関係の不幸と思っていた。

陽子は気が気でなくなった。その災難がいま自分に降り注ごうとしているかもしれないからだ。合法的になったといってもピルは医師の診断書がないと薬局では売ってくれないと聞いている。男のようにネットから不法に入手するしかないのか。

陽子はネットショッピングをした事はなかった。セキュリティの心配もあったがそもそもいまどき珍しく通販というもの自体利用した事がなかったのだ。写真だけのなかば手探りで物を購入する事に抵抗を感じていた。

もし通販を利用しても届くまでには時間がかかるのだろう。そんな悠長な事はいってられない。まずは男にダメ元でも聞いてみよう。本当のことを言わないにしても言葉裏に何か突き止められるかもしれない。


足を擦り合わせるたびに足がヌルヌルした。拭き取った行動はまったくの無駄骨だった。液はまた靴下まで伝い降りてしまっている。


「…はぁ…んはぁ…」


強烈に淫猥な匂いがする。オシッコの香りとは明らかに違う匂いだ。
陽子は一時でも早く帰りたい気持ちで早足になっていた。


(…こんな…いやらしい匂い…わたしが…出してるなんて…)


残尿感のようなものも感じていた。出したあとでもすっきりしないあの感じ。トイレから出てもすぐにまた入りたくなって、出してみるとほんの少ししか出なかった、あの感じが残っているような気がした。


やっとアパートの敷地内まで来た。駐車場には依然として陽子ともう一台の車しかなかった。


「ほぉっ…」


安堵の溜息をついた。とりあえずは帰ってくることが出来た。やはり自分の家があるというのは嬉しかった。ここまでくればもう人目を心配する事もない。
陽子は部屋に一直線に向かった。




目次へ     続く

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