第69章


買い物を終え、うちに帰った陽子は武史に電話を入れた。


「…あ…あの…」


「…ん?どしたの?…」


午後の武史とは嘘のようにうってかわった声になっていた。元のやさしいものに戻っている。


「…あの…ありがと…そのうち…絶対…返すから…でも…助かった…ありがと…」


「…」


沈黙の後に豹変するかと思い怖くなった。しかし男の声に変わりはなかった。


「…うん…返すか…ちょっと寂しい気もするけど陽子がそれで気が済むんだったらそれでいいさ…僕は忘れるから…陽子も返すまで忘れてればいいから…」


「…ん…」


「もうこの話は終わりね…一切…」


「…」


「…それじゃ…」


武史側から電話は切れた。陽子は受話器を置いてしばらくうつむいていた。いまの会話で男は何も要求してこなかった。胸の中になにやら温かいものがこみ上げていた。
するとまた電話のベルが鳴った。目の前にある受話器を即座に取り上げた。


「…はい…」


「…陽子、まさか忘れてやしないだろうね…」


相手は再度武史であった。


「…この前のホテルでのこと…イキまくりながら陽子が言ったいやらしい奴隷の誓い…渡したピルは飲んでるかい?…」


「…あ…」


「…まだ終わったわけじゃないんだよ…」


「い…いやっ…」


今度は陽子のほうから受話器を投げ出した。しかし勢いのためうまく収まらずに受話器は転がって床にごろんと落ちた。最悪にもその拍子にハンズフリーのボタンが押されてしまった。
スピーカーから拡大された武史の囁き声が部屋に響いた。


「…写真も映像も手に入れた…どれにもこれ以上ない淫乱な姿が映っているよ…身体中が性感帯の陽子…本当に陽子は最高だ…」


「…いや…いやっ…」


慌てふためく手でやっと受話器をフックに戻した。
身体が凍りついた。背筋を悪寒が突き抜けた。


…ちゅっ…


(…!…)


パンツの中でこぼれるものがあった。終わり近い月経血に違いなかった。それ以外のものであるはずがなかった。


(…ああ…ああ…)


泣きそうな顔になって引き出しを開けた。生理中は安心だし理由もなく終わったのだと思っていた。

陽子は赤と白の錠剤をシートから急いで取り出し、そばにあったお茶で喉に流し込んだ。





目次へ     続く

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