第22章
机隣に川崎という男子社員がいて、いいペアでグループのリードを取っていたのだが会社側はより若い男子の川崎を選んだいるようだった。川崎は陽子の二つ年下で陽子に好意以上の思いを寄せていたことは周囲のものにもさりげなくみてとれた。しかし陽子には聡というもう2年付き合ってる彼氏もいたし、他の女子準社員がそのことを何気なく川崎に言ってくれた。川崎はがっかりもしたのだろうがそのことは臆面にも出さず、前よりは交わす言葉も少なくなったが一緒にまた仕事に励んだ。
ある日の残業でこんなことがあった。川崎と二人きり残ることになり、お互い帳票や端末にむかって精を出してたときだ。双方キーボードをたたきながら前の画面を見つめていた。
「結婚するんだって?」
陽子は突然のことに手を一瞬止めた。聡とはまだそこまで考えていない。誰が川崎にそんなことまで伝えたのか。あたしに付き合ってる人がいることもなぜ知ってるんだろう。そう、誰かがおせっかいしたんだな。でも陽子はありがたくもあったがそうでもなかった。川崎は陽子によくしてくれる。仕事のミスとか、たとえ陽子のミスでもまず自分がかばおうとしてくれる。自分の仕事が終わるとすぐさま陽子を手伝おうとする。そんなやさしさが川崎にはあった。大事にしてくれてるんだなと感じた。
結婚の言葉にどう答えようかしばらく迷った。さりげない後追いの告白だろうか。川崎のことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。でも男女間の"好き"ではない。弟がいたらこんな感じかと思うこともある。川崎は陽子と背も同じくらいで肥満気味の体型をしていた。見た目が色白のオタク顔で活発な感じはしない。陽子はスポーツマンタイプの色黒な聡のような男性が好みだった。残酷だが無意識にも川崎は陽子の"候補"足り得なかったこともある。陽子は答えた。
「結婚するんだって?」
「あ、うん」
「あ、そう。残念だな。まさか仕事のほうは?」
「やめるかもしんない…」
「…そっかー…」
しばらく沈黙が流れた。
「実は僕…」
「?」
「…」
「…これお願いしていい?」
「あ、はいはい」
陽子は仕事の半分を川崎に押し付けた。これ以上会話を続けたらつらい結果になりそうだ。職場を止めるきっかけもつかんでしまった。川崎は他人に言うような人じゃないけど自分に宣言をした思いのほうが強かった。
キリのない仕事を終えて所定の残業時間を一時間以上過ぎていた。
「それじゃ終わりましょう」
「うん、あの…リストラじゃないよね。寿退社なんだよね。」
「…うん…ありがと…」
「…」
「…」
川崎は陽子の手をはじめて触った。手をとると川崎は上へもっていき甲に口付けをした。二人は見つめあっていたが、陽子が逃げるように目をそらすと川崎は
「じゃ、最後は戸締りお願いね」
と、スタスタ帰っていった。目が潤んでいるように見えた。
何もいえないまま陽子は後に残された。これでいいんだ。
陽子はバッグを持って戸締りをはじめた。