第18章
陽子はバスから上がって再びシャワーを浴びながら頭を洗い、ドアを開けて洗面所から取り出した歯ブラシで歯を磨いていた。
(口の中も…)
丹念に磨いた。歯茎はもちろん口の中もやさしくではあるが擦っていた。
(あいつの…あいつの…オ…ウエッ…)
陽子はえづいた。口を大きく開けて胃の中のものを吐き出せられればと思った。
(バカヤロウ…)
いつもは最初に顔を洗うのに今日は最後になってしまった。いつもはバスでお湯だけで洗い洗面所で顔専用の洗顔料で洗うのだが、今日はボディシャンプーで洗った。それだけ根こそぎ汚れを洗い流したかった。タオルで擦ると左あごに強烈な痛みが走った。
「いたっ」
ニキビだった。昨日の朝以来忘れていた。そのときのことが思い出された。
昨日の朝は最低だった。聡に振られて孤独に放り出された自分がいた。振られて涙も流さない自分に自己嫌悪を覚えてさえいた。
しかし今朝に比べれば昨日の自分は幸せの絶頂にさえいたんだとさえ思えた。昨夜陽子は穢された。昨夜からの悪夢でいまは最悪の気分だった。
浴室から出て陽子は髪にドライヤーを当てた。櫛でかわいいショートカットを撫でながら陽子は思った。
(そうだ、悪夢だったんだ。忘れよう。忘れて今日から私は新しく変わるんだ…)
鏡を見て陽子は自分ににこっと笑いかけた。
(がんばれ…くじけるな…ようこ…)
陽子はドライヤーと櫛を置くと新しいシャツとパンツに着替えて洗濯機に洗剤を入れボタンを押した。
水が満ちてくる洗濯機を両手で抑えながら陽子はしばらくうつむいていた。
やがて洗濯機はゴンという音と共に回り始めた。
「…よしっ」
陽子は颯爽と部屋に戻った。
部屋の真ん中に黒いカメラバッグが無造作に転がっていた。