第170章


「…やめる…酒もう飲まない…」

昼近くなるまで武史は地獄だった。頭ががんがんして立ち上がるのにも苦労したほどだ。やっとこのようなブツブツ独り言に余裕が出るようになったころ、すごく空腹であることに気づきようやくほっと溜息をつくことができた。


(どういうつもりなんだ…)


午後になってなんとか仕事の遅れを取り戻すことが出来た。にしても依然頭の中は陽子のことから離れない。
正体を失くすほど酔ったのは実は生まれて初めての経験だった。それにも驚いたがしかし正直度肝を抜かれた。あんなに酒に強い女だとは。
自分が倒れるのを見て陽子はどう思ったのだろう。あのとき実をいうと恐怖感が身をよぎった。仕返しにボコボコにされるのではないかと一瞬思ったからだ。しかしなんと彼女は面白がっていた。それは覚えてる。
あまりに自分がふがいないので、飽きてしまったのではないだろうか。この男ここまでが限界だ、という振る舞いだった様にも思える。もちろん何の根拠も確証もない。


(どういうつもりなんだ…)


酔いから醒めると夢だったか現実だったかの境目もいくらかみえてくる。自分の毛布の中に彼女がいたらしいことが現実味を帯びた。一緒に添い寝をしていたわけではなかった。確かに腰のところにもぐりこんで陽子はなにかしていた。


(…好きものが…)


いまでは後悔している。映画を部屋に持ち込んだり、酒を酌み交わそうとした自分に対してだ。ただのセフレに親交を深めようとした自分がただの道化だったのを自覚させられる。あの自家製とかいう酒をテーブルの上に持ってきたとき、それは"あんたつまんなくなったからもういい"という、彼女の宣言だったのではないのか。

二日酔いが瞬間に消え去るわけはない。武史の脳にはアルコールが悪酔いという形で残っていた。思考がマイナスの悪い方向悪い方向へと流れていくのが止まらない。


(…バカにしやがって…)


陽子が悪いわけじゃないことはわかっている。しかし武史は自分のふがいなさを陽子に押し付けようと八つ当たりの思考状況になっていた。

所詮カラダだけの付き合いなのだ。釣り合いなんか最初から取れるわけがないことは初めからわかっていたことだ。なにをそんなにやっきになっていたのか。
大体初めの印象が悪かった。見た目が清楚すぎたのだ。その上その羞恥があまりにもリアルだった。しかし一皮剥いてみれば自分の犯された映像を見ながらオナるほどのスケベ女だったわけだ。この一件をこう決着つけてみれば、武史の頭はいくぶん冷徹さを取り戻すことができたのだ。

冷静になっていままでのことを思い返してみる。考えてみればこちら側から腰を突き上げ"犯した"のはなんとホテルの一夜限りだった。あとは彼女からしてみれば蛇の生殺しで終わっているのである。


(…待たせすぎたということか…)


引きつった笑いを浮かべながら武史は言葉を作った。最初はそのつもりもあったがこれほどを計画していたわけではない。陽子の口唇があまりに高度すぎて自分はそれに溺れただけなのだ。相手も気持ちよくさせようという思慮が、余裕が足りなかったことを悟った。

あのアナルを集中して責めた夜、イタズラなんかしないで一気に犯してやればよかった。そうすれば直後のあんなことも起こらなかったろうし、昨夜の酔いつぶしによる三くだり半もなかっただろう。


「…はあ…」


溜息は何回目か。後悔ばかりが立つ。いまごろ陽子はなにを思いなにをしてるのだろうか。就職活動か。


(…)


伝言ダイヤルかなんかで別の男を探しているかもしれない。

ぐうと武史は呻いた。それはあまりにも惨めだ。しかし考え始めたが最後、武史はその思いでいっぱいになりさらなる蒙昧に取り憑かれた。


(冗談じゃないぞ…)


焦って心臓が騒ぐ。苦しくて胸が張り裂けそうだ。


(…そんなことさせるか…)


一生に一度出会えるか会えないか級の女だ。二度とチャンスはやってこない、そう絶対の確信がある。
期限は定めた。まだ終わってない。もう写真なんてくさい手は、陽子もわかって通じないだろうが、その大義名分を利用しない手もまたない。最初の頃は成功していたはずだ。まだ脈があれば陽子も乗ってくれるのではないか。もういくらもないが、まだ手はあるのだ。


(…時間はもうない…)


その思いが出始めるともう仕事どころではなくなった。幸い今日の分は終わってしまっている。後追いでやってきてもたかが知れている。武史は課長のところに行き早退を申し出た。意外な顔で田中は快諾した。

「なんか用でもあるのか?」

適当にごまかせばいいのに本来武史はそういうタイプではない。まごつく武史を見て田中はなにかを察したようだった。やたらに安心して嬉しそうな顔つきに変わる。

「いいんだよいいんだよ。大体おまえ今日休みにしてたのにどうして来たの。」

「え?」

田中はあきれて笑った。

「やっぱり忘れてたんか。」

「…すいません…」

「いや謝ることはないけどさ。」

「…すいません…」

「…明日休日ってことはわかってるか?連休だぞ。」

「え?ああそうでしたっけ、じゃあやっぱり最後まで…」

「いやいいんだって。タケおまえ、休み明けも一日ぐらい休め。」

「え?そんな、それは…」

田中は真面目に武史に向かって言い含めるように言った。

「少しゆっくり休め。いいから。」

「…すいません…」

武史がしおらしくお辞儀をして離れようとすると田中がまた声を掛けた。

「タケ、本当に用事があるんだな。人に会うのか?」

「む、昔の友達と…」

「わかった、それならいいんだ。」

そう言って田中は向こうを向いた。満足そうに細かく頷いていた。

心配してくれているのが痛いほどわかった。当の自分が冷徹なのが逆に申し訳ないほどに思う。

(そんなんじゃないんですよ…)

周囲に旨を告げて武史はロッカーに向かい帰り支度をした。
給料化されてない残業と超過出勤分が溜まりに溜まってる。会社側はその分休めと要求するが、とことんまで合理化を勧めた結果、休むに休めない状態になってることも現実だ。幸い繁忙期と閑散期の差が激しい職場のため、シフトに自由さが出るだけ他のところよりましなのだろう。しかしまた、どこでもそうだろうが仕事というものは一つのことをやって終わるだけでなく継続性も連携性も持ち合わせるものだ。武史の仕事は特にスキル性の強いもので代わりになれるのは田中を含め数人くらいだった。つまり負担を掛けるが休もうと思えば休める。しかし武史は休日など欲しくなかった。空虚な時間は過ごすのに辛いだけだ。会社はただ働きしてくれるのには文句は言わない。だから武史は成すがままに流されるように働き続けた。
その日常に変化が訪れている。仕事が終わってもいまは独りぼっちではない。しかし"喜んで迎えてくれる"わけではなく自分が押し掛けるだけだ。だからその変化が仮のものとしか思えない。だがそれでも…それでも前とは一変したのだ。退社時間が空虚なものでなくなっている。タイムカードの音で自分の中のなにかが切り替わるのを覚える。

(俺はなにをやってるのかな…早退してまともじゃないことをしようとしてるんだ…)

ずる休みする気分だ。いや実際そうだ。罪悪感いっぱいで武史は会社を出たがその思いはそう長くは続かなかった。車に乗り込んだ途端に陽子のことが頭の中で急速に膨らみ始める。明日は休みしかも連休、自由な時間が急に現れたことが拍車を掛けた。
運転しながら危ないと思いながらも欲望が次々に錯綜していく。すぐに会社のことは彼方に消え去っていった。


(…)

いつもはまっすぐに進む交差点で武史はハンドルを切った。しばらく進むと前方に郊外型の巨大ドラッグストアの店があった。永久に満車になることはないと思えるほど広大な敷地のその駐車場に車は滑り込んだ。




目次へ     続く

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