第169章


…ガシャ…トントントン…


陽子は瞼を開きながらデジャヴを感じた。
どうやら相当深く眠っていたらしい。爽快すぎるほど目覚めの良い朝だ。
やはり男が朝食を作っていた。においからするとどうやら今朝はパン食だ。散らかし放題のテーブル上はきれいに片付けられ、男に出した毛布と枕も隅にきちんとたたんであったので、夕べ行われた饗宴の面影もない。思い出すことができたのは自分の吐く息が酒臭かったからだ。


「おはよ。」


陽子は起き上がると台所に背を向ける男に声を掛けた。男は返事もなく少し振り向いて頷いただけだった。
陽子は手を出してきっと寝癖があるであろう頭をかきあげ、凍りついた。


(!!やばっ、ジャージっ…)


油断した。おもわず夕べ、無意識に普段寝るときに着るジャージを身に着けてしまったのだ。一人暮らしを始めてからというもの、陽子は部屋着と寝間着を一緒に過ごしていたのである。男性をこの部屋に招き入れたことはなかったが、だからそのために一応パジャマを用意してはあった。しかしいまベッドの中で自分は普段どおりの無骨なジャージ姿。色気など出そうとも思わないが清楚もへったくれもない、まず異性に見せられる姿とは思えずどぎまぎした。

男がハムエッグをのせた皿を持ってこっちにきた。陽子はベッドから出るに出られずそのままでいた。しかしなにか男の様子がおかしい。目に光がなくどんよりとしている。


「…ふづがよい…だ…」


あらあ、という顔で男を見た。なるほどまだ眠りから醒めぬ生気のない顔で、頭をぐらぐらさせている。ほんのすこし異臭がしたのは起き掛けにトイレでまた吐いたものと見える。


「あの…食べないの?」


男はふるふると首を振った。恨めしそうな目はきっと"君は食えるのか"と言っている。陽子のほうはといえば二日酔いどころかぺこぺこだ。幸い男は帰り支度をしている。


「お仕事?休んだら?」


男は振り向き加減で苦笑いをした。


「…がんばってね…」


男は少し立ち止まってまた振り向きざまに笑った。今度は苦笑というより照れ笑いに見えた。そして頭に響くのか、一歩一歩踏みしめながらゆっくりとドアを開け男は部屋を出て行った。

陽子はそれと同時にベッドから飛び出した。


「バ、タ、ア、バ、タ、ア、ジャム、ジャムぅ」


温かいミルクが心地よく腹にしみる。トーストに塗れるだけ塗りたくり、口を大きく開けばくっと食らいついた。マーガリンではない、塗りやすいように少し熱を通したバターだった。ハムエッグも黄身と白身の固まり過ぎない絶妙な溶けぐあい。満面の笑みがこぼれた。





目次へ     続く

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