第163章


(まずは晩酌の相手させようってわけ…まあ…いいけどね…)


二人は静かにテレビを見ていた。注ぎ合うのもなんとなく変である。男はわかってるようでグラスに注ぐのは専ら男のほうだった。
また男が台所に立って料理を持ってきた。火にかけてあったフライパンをそのままテーブルに敷いた濡れ布巾の上に置き、小皿によそってくれた。簡単な軽食である。無駄のない手際いい仕事に陽子は驚かされた。しかもうまい。

二人はバラエティ番組を観ていた。控えめに笑う男を見てると不思議な親近感が沸き、陽子も合わせてくすっと笑った。

いつしか二人は声を出して笑っていた。適度な緊張感が逆に心を緩ませたのだろう。相手がウケてるのを確かめるようにお互いをちらちら見ながら笑った。陽子も武史も、互いに初めて見る表情だった。


「あはははは」

「あははははは」


一度頬が緩めば場は明るい雰囲気へと変わった。陽子は次第にそれが不相応なものだと感じなくなった。一緒に笑ってくれるものがいるのは爽快である。男は恐怖の対象ではなくなっていた。アルコールの摂取も原因のひとつではあった。少なくとも男のほうはそのようである。笑ってる男を見てると、張りつめていた糸が一本ぴんと切れたような気がした。

陽子は空になった三つ目の缶を振ると立ち上がり、台所へと向かった。


「ちょっとビールだけじゃ物足んないかなぁ。」


そう言って陽子は一升瓶をどんとテーブルの上に置いた。


「え?なにこれ。」


「実家でね、作ってんの。自家製。」


「…へー」


その一升瓶にラベルはなかった。白い液体が八分目ほど入っている。
陽子は新しい二つのグラスを出すと、とくとくと注いだ。


「あ、うまい…っていうか」


「飲み口いいでしょ?」


「うん、…うん、うまい。飲みやすい。密造酒?」


「そういうことになんのかなぁ。うちじゃよく作ってるよ。」


「初めて飲んだ。」


「そう。」


やはり酒がいい。日本酒だけは、という男性もいるので安心した。ご馳走になってばかりじゃ悪いし、なによりも自分の出したものを快く口に運んでくれる、それだけなのになんとなく、相手が敵とわかっていても嬉しい。料理と酒を出し合い、自分が好きなものを好きだ、と言われるこの気持ち。親密すぎないからと言ってもいい、肯定されたような気がしてさらに嬉しさが増す。


「あははは、オチてんだかオチてないんだか…」


「あはははは、ありえなーい。」


友人でもなく恋人でもない男と笑い合ってる奇妙さはあった。しかも赤の他人ともまた明らかに一線を画す存在であることも同時にわかっている。しかしこうしてると怖ろしい間柄であることもあまり不思議と感じなくなってくる。緊張の度合いも次第に薄れていくようだった。
しかし気安く話しかけることがないのも事実だ。眺めているテレビが救いとなり、それを通じて会話をしてるような感じだ。

従ってCMの間がちょっと閑話になる。気まずい様子で男は、ちょっと失礼とトイレに席を外そうとした。


「…あれ?」


男は立ち上がろうとしたまま少しの間静止していた。そして膝を立て直し…


ドタッ…


そのまま横に倒れた。


「あれ?なんだおかしいな…」


男はそう呟くとあらためて立ち上がりトイレへ入った。おぼつかない足取りだった。
陽子は他人事のように横目でそれを眺め、またテレビに目を移した。そしてしばらくすると…


「オエエエッ!!」


陽子の頬がぷくっと上にあがった。


水を流す音が何度もしてようやく男は戻ってきた。

「ごめんねぇ汚してないから。なんか少し酔っちゃったみたいだ。」

「ふーん。」

「出したらすっきりしたみたい。」

「ふーん。」

颯爽と戻ったつもりらしいが明らかに歩みは曲線を描いていた。やはり上手に座れない。すとんと膝が落ちてその上に上半身が次いで落ちる。そこへ陽子は新たにコップを差し出すわけだ。

「はい、迎え酒。」

男は面白がってるような驚いたような顔をした。中座してる間に減り続けたと思われる半端のグラスを取り上げ、かぱっとあおる陽子に目を丸くしている。再度顎で促され男はコップに口を付けた。

「…あ…うん…いい感じ。喉越しがまた。」

にぃっと陽子は笑った。


――――――――


「ちがうってちがうって!」

「あはははは」

酒宴は続いた。男が下戸でないことが陽子は嬉しかった。自分があおる度に男もせめて少しでもと酒を含んでくれる。一緒に飲み続けようとしてくれる、これもいままでにはないタイプだった。
しかし瓶が空になったと気づいて振り向いたときである。

…どさっ…

とうとう男は崩れ落ちた。

慌てる様子もなく陽子はすたすたと台所に行き、新たな一升瓶を持ってきた。


「…ふん…」


…きゅぽっ…とくとくとく…


含んだ酒をごくりと飲み干した。


「…ぷはーーーっ…きししっ」


飲んだ後のこの声がやっと出せる。男に酒で酔わされたことなんてかつてなかった。陽子は仲間内でも有名な酒豪だったのである。







目次へ     続く

動画 アダルト動画 ライブチャット