第14章
陽子の全身から力が抜けた。身体を小刻みに震わせゆっくりと息で喘いでいる。
「…ハッ…アハッ…ハッ…」
胸から指を離し、武史は口を閉じて陽子のだらしなく飛び出した舌と口内をやさしく舐め回し続けた。出てくる唾液を陽子の中に垂らしながら中指をゆっくりと抜き取っていく。
「…ェアッ…アァッ…ンクッ…コクッ…」
指が離れたときにかすかに音がした。
…チュポッ…
武史は両手を陽子の両頬に添え、しばらくキスを続けた。
陽子は呼吸と喉を鳴らすほかには一切動かなくなった。
「素敵だったよ…」
武史は陽子の身体から離れ、ティッシュでやさしくぬめりを取り除き両足の拘束を解いていった。身体を起こしてやり後ろ手の手錠もはずして、タオルで全身の汗を拭いてやった。
陽子は茫然自失に身体全体が小刻みに痙攣しており、赤ん坊同然に身を任せるしかなかった。ブラのホックをつけ、服のたたずまいを直し、しかしスカートの下はノーパンのままでシートを起こし元通りの助手席に戻してやった。
「ちょっと待ってて…」
武史はカメラをしばらくいじっていた。
「…よしと…」
カメラを大きなケースにしまい、腰の脇に置いた。
「…さて、次はホテルでゆっくりしようか…」
陽子は両手を胸前にボクシングのファイティングポーズのように力なく握っていた。
よだれが垂れる前にかろうじて口を閉じることができた。
エンジンがなり、ゴトッというギアチェンジの音と共に車は静かに走り出した。
「どっかあいてるかな…」
車は本道に戻り、元きた道を引き返していた。街中に入ると他の車の通行も多くなっていった。しばらく走って車は閉店したあとに静かにそびえたつ自動販売機前の対抗車線に止まった。
「何か飲み物でも買っていこうね。」
武史はドアを開け、車を気にしながら向かいの歩道に歩いていった。
陽子の思考はいくらか戻っていた。陽子は武史の置いていったカメラを見ていた。
(これがなければ…)
手がカメラに伸びた。
(油断して忘れていったんだ…これさえなければ…)
ケースのふたのマジックテープをベリッと開いた。聞こえるはずがないのに武史のほうを見た。武史はまだポケットから財布を取り出そうとゴソゴソやっていた。
(時間がない…)
陽子はカメラを抱きかかえるとシューズを履いてドアを開けようとした。手が震えていた。ブルブルと大きく震える手をなんとか抑え、やっとの思いで開けた。
違う匂いが、本当の外気のにおいが新鮮に陽子の鼻腔をくすぐった。すばやく深呼吸をし、外に出た。よろつく足を懸命にかばい、しゃがみながらよたよたと歩道に出た。チラッと武史を見ると、いま自販機のボタンを押そうとしていた。陽子は一気にカメラを抱えて走り出した。すぐに曲がって小道に入り、次の道をまた曲がり、何回もジグザグに迷走した。
小脇にバッグを持ち髪を振り乱して走る女にすれ違う人々が次々に振り返った。そしてさっきとは一本はなれた大通りに出た。そこで前かがみに陽子は一息ついた。
「ハッ、ハッ、ハッ…ハア、ハア、ハア、…」
タクシーの列を目にすると陽子はまた走った。並ぶ人たちを気にせず、一番先頭に賭けより乗ろうとしていた酔っ払いを押しのけ車になだれ込んだ。
「なんだあ?ねーちゃん。割り込みだぞ、わりこみぃ」
「すみません、すみません…」
陽子は泣きそうな顔でその酔っ払いに懇願した。
「チッ」
酔っ払いが手を離すとドアが閉まった。
「すみません…○×町まで…」
車がウィンカーをたて走り出した。陽子は下を向いてカメラを大事に抱えていた。
家の前にタクシーが止まった。震える手で現金を差し出す陽子に運転手は
「大丈夫かい?若いからって無理して飲みすぎちゃだめだよぅ。」
といぶかしがりながら清算を済ませた。
ふらふらとアパートのドアにかぎを差し込んだ。なかなか鍵穴に入らず、陽子は追ってくるはずのない後ろを振り返りながらやっとドアを開けた。
中に入るとドアに何回も確認して鍵をかけた。靴を脱ぎ捨て陽子は明かりもつけず部屋になだれ込み座り込んだ。
「ハア、ハア、ハア、…ハア…」
カメラバッグを脇に置いて陽子は上を見上げてやっと本当に家に帰れたことをかみ締めた。
息が収まるとしだいに安堵感がやさしい睡魔を呼んだ。陽子はそのままベッドに入るとすぐに眠りに落ちた。
まだ11時30分だった。