第103章


陽子は最悪の気分で目が覚めた。もう朝の10時過ぎだ。熟睡していないのに眠くない。こんなときは寝ているのがベストなのだろうが、眠気を邪魔するなにかがあった。

ストレスが溜まってるのだろうか。会社を辞めたときもこんな気分だった。追い詰められた義務感とでもいうのだろうか、それで目が覚める。仕事をしていたときはなんの苦にもならなかったが、起きてもすることがない。職探しをしなければならないのは重々わかってはいるのだがこんな気分では受かるものも受からないだろう。いや、重苦しい空しさを言い訳になにもしたくないのだ。

今日はなにをして過ごそう。家にいるか外に出るか。天気はどんよりと曇っていた。外に出るんだったらあまり人目の付かないところですごしたい。いつ、なにが起こるかわからない。そして夜になったらあの男がやってくる。

結局ほとんどの時間を読書にあてた。しかしなんとも文字が頭に伝わってこないもどかしさのため、陽子は本棚からときおりマンガを再読した。そのマンガさえも気づくと読まずにぼうっとしている。夜が怖い。携帯のメールも広告や読みもしないメルマガばかりだった。

夕方になると落ち着きがなくなった。男の持って来た食材で、やっつけのか細い食事を作り胃の中に入れる。腹は減っているのだが味もよくわからず、喉をうまく通らない。

果たして男はやってこなかった。


(…来ないのかな…)


11時をまわったところで陽子は部屋の電気を消した。暗闇のベッドに独り横たわり、陽子は玄関口を見つめた。月明かりが部屋を照らしている。


(…なんで来ないの…)




夢うつつから起こされたのは携帯のベル音だった。開くとあの男の番号だった。陽子はしばらくそれを見つめ、通話ボタンを押した。


「…もしもし…」


「…あ、残業で…」


男の声がやさしく耳に響いた。


「…残業でさ、今日行けなかった。…」


「…うん…」


「…あの、それで…今日は…行かない…」


「…うん…」


わかっている。二度繰り返す必要もないだろう。


「…あの…」


「…」


「…声だけでも聞きたくって…」


「…」


「…」


「…寝たとこだから…」


「うん…ごめん…おやすみ…」


それで電話は途切れた。陽子は携帯を閉じ、床に就いた。今日は無事に安心して過ごせたのだ。しかしそれならそれでメールぐらいよこせばいいのにとも思った。
すごく暖かいものを胸に感じた。


(…来ないなら来ないでいいのに…声聞きたいだけで電話なんて…)


電話の声はとても優しいものだった。今日一日を通して、陽子にとって一番幸せを感じた瞬間だった。勘違いしてはいけないと知りつつもたちまち陽子は熟睡した。





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